しろいしか くろいしか 3










もしかして先輩酔ってるとか。僕なんかにキスするなんて、そうとしか考えられない。

気が付けば僕は、先輩を突き放してしまっていた。
真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて俯いていたら、
はっとしたように先輩が離れて。

「・・・ごめん、飲み過ぎたみたい」

と、罰が悪そうな口調で言った。
ほらやっぱり、酔ってるんだ。多分、先輩にとったらキスくらい何でもないことなんだろう。
だけど僕は先輩のことが好きだから。
冗談でもキスなんかされたら、なんて言ったらいいのかわからなくなってしまう。

「そろそろ帰る。・・・ほんと、ごめんね」

何も言わない僕に呆れてしまったのだろうか。
先輩はそう言って立ち上がり、玄関へと歩き出してしまった。
・・・嫌われてしまったかな。
そう思ったら、いてもたってもいられなくなって
出て行こうとする先輩を呼び止めようと、立ち上がった。

「先輩・・・っ!」
「さっきのなら酔っ払いのした事だと思って、忘れてちょうだい」

と、背中を向けられたまま言われた言葉が胸に突き刺さる。
もしかして僕が怒ってるとか思ってるのだろうか。
さっきまで、あんなに楽しく話してたのに・・・。

「待って下さい!せんぱ・・・あ、れ・・・?」

玄関まで追いかけようと足を踏み出した瞬間、視界が揺らいだ。
目の前がグラグラと回り、よろめいてしまう。
お酒は強くない上に、疲れていたのかもしれない。
自分の家に先輩がいるという事に浮かれ過ぎて、飲み過ぎたかもしれない。

「テンゾウ・・・!大丈夫?」

慌てた様子で戻ってきた先輩が、後ろから僕を支えてくれた。
先輩の体温を感じて心臓が更に飛び跳ねる。

「脈が早い。横になる?」

心配そうに優しく耳元で囁かれると、蕩けてしまいそうになった。
そんな僕の様子も知らず、後ろからぐっと腰を引き寄せられたら
更に密着してしまう。これじゃ、まるで抱きしめられてるみたいだ。
とにかく離れないと・・・。

「いえ。すみません・・・もう大丈夫です」

そう言って先輩の腕を掴んで離れようとしたのだけど
先輩はその腕を解いてくれようとはせず、それどころか更に強く腕に力を込められる。

「せ・・・んぱい?」
「・・・さっきみたいな事はしないから。横になったほうがいい。歩ける?」
「・・・はい」

小さく頷いたら頭をくしゃりと撫でられた。
おぼつかない足元の僕は、先輩に支えられながらベッドに入った。

こんなに酔っぱらって先輩に迷惑かけて最悪だと天井を見上げたら、
ぐるぐると視界が歪む。気持ち悪い。

「水飲める?」

僕がぼんやりしている間に用意してきてくれたんだろう。
水が入ったグラスをもった先輩がベッドの脇にしゃがんで、僕の顔を覗き込んでいる。

「・・・すみません。迷惑かけちゃって」

そう言って起き上がると、先輩に肩を押さえられ止められた。
視線を合わせると、優しい目をしながら首を横に振った。

「謝るのは俺のほうでしょ。お前が酒に強くないの知ってたし・・・それに」
「先輩は悪くないんですっ・・・。僕、嬉しくて・・・」

先輩の言葉を遮って言うと、先輩は目を丸くする。

「・・・嬉しいって?」

まっすぐ真剣な顔で聞き返されると、途端に恥ずかしさが込み上げてくる。

「・・・あの鹿が先輩を連れてきてくれたんだって思ったら、嬉しかったんです。
 それで僕も飲み過ぎてしまったんです。あ・・・えっと、笑ってくださって構いませんから」

言葉にするとどうしてこんなに恥ずかしいんだろう。
どんだけ乙女なんだ僕は・・・と頭を抱えたくなってしまう。
でも本当に嬉しかったから、それだけは伝えておきたかった。
僕が怒ったりしてないって事を分かってもらいたくて。
好きな人に酔った勢いでされたとはいえ、キスされたら嬉しいというか・・・。
さっきの唇の感触を思い出してしまい、また顔が赤くなる。

「あの鹿は・・・いや、やっぱいいか」

そんな事をぐるぐる考えていたら、ぽつりと先輩が呟いたような気がして顔を上げたら。
覆い被さるように包み込まれるように、抱きしめられた。
心臓がうるさいぐらいに弾む。

「あ・・・の、先輩?」
「笑うわけないでしょ。・・・っていうか、すごく嬉しい」

そう言って先輩は顔を起こし、僕の髪を撫でる。
僕を見つめている目はとても甘く、吸い込まれてしまいそうだった。

「嬉しい・・・?」
「そ。嬉しい」

僕の髪を撫でながら優しい声で言って、ゆっくりと顔を近づけてくる。
どうしよう・・・ドキドキしすぎて死にそうかも。

「じゃあ、キスした事も嫌じゃなかった?」

緊張し過ぎて声が出ない。
ごくりと唾を飲み込んでみても返事を言えそうになかったから、
小さく頷いた途端に唇塞がれてしまった。
驚いて開いてしまった唇を割って舌を差し込まれ、きつく吸われると
体中から力が抜けていってしまう。

酸欠になるんじゃないかと思う位に長いキスの後、乱れた息を吐きながら先輩を見上げたら、
ずっと僕の事を見ていたらしく目が合えばにっこりと微笑んだ。
なんでこんなに先輩は平気そうなんだよ。
そんな事を思っていたら、また唇を塞がれてしまった。

「っ・・・んん・・・」

不意を突かれたせいでうまく息継ぎができない。
さっきよりも強引に口内を動き回る先輩の舌に、
頭の中まで掻き回されているような錯覚を覚えた。

ゆっくり唇が離れていく。
・・・もっとしてほしいのに。
そう思って、先輩の腕を無意識に掴んでしまった。
するとそんな僕の気持ちを見透かしたように、先輩はいたずらっぽく笑った。

「俺のキス、そんなに良かった?」

そう言われて恥ずかしさのあまり、全身から汗が吹き出す。
・・・やっぱり僕の事からかってるんだ。

思わず先輩の体を強く突き飛ばした。

「からかってるのなら、止めて下さい・・・っ」

大声を出した僕を、驚いた様子で先輩は見つめている。

本気なのは僕だけで、甘い期待を抱いていた自分が嫌になる。
泣きそうな情けない顔を見られたくなくて、枕に顔を埋めたら
先輩の指がそっと僕の髪の中に潜り込んだ。

「テンゾウ」

優しい声で名前を呼ばれて胸がドキリとしたけど、顔を上げられない。

「・・・悪かったから、顔あげてちょうだいよ」

と、宥めるように頭を撫でられたら、我慢していた涙が堪え切れず
つぎつぎと溢れ出してきて、止まらなくなってしまった。
先輩にこんな顔・・・絶対に見せられない。


「テンゾウとキスできるなんて思ってもなかったから、嬉しくて
 調子に乗り過ぎちゃった」

・・・え?
僕とキスするのが嬉しいって、どういう事・・・?
驚きで、涙がぴたりと止まる。

「・・・ずっと好きだったんだ」

その言葉に、思わず顔を上げてしまう。
先輩が僕を好きだなんて、夢でも見てるのか。

「・・・嘘」

心臓が止まるかと思う位に驚きながら先輩を見れば、
困ったような顔をして僕の顔にその指を伸ばした。
そして、零れ出した涙を拭う。

「泣かせて悪かった」

そう言って僕の目尻に唇を寄せて、涙を吸い取る。

「・・・先輩。今、僕の事好きって言いました・・・?」
「ん?あぁ・・・言ったよ」

先輩はにっこりと笑った。
僕の気持ちは聞かないのだろうか。僕だって先輩が好きで・・・
でも、自分から好きだなんて恥ずかしすぎてやっぱり言えない。

「テンゾウのこと、もっと欲しくなっちゃった。・・・駄目?」
「欲しいって、僕の何をですか?」
「・・・聞きたい?」







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