しろいしか くろいしか 2










すごいタイミングだな・・・まるで僕の欲しいものが分かっていたみたいだと
思いながら、先輩の後を追った。

「水がいいですか?」
「ん〜・・・お酒、ある?テンゾウ、飲んでないでしょ。付き合ってよ」

ソファに陣取り、あっけらかんと言われてしまえば
もう飲まないほうがいいとは言えなかった。
それに、もしかしたら先輩が訪ねてきてくれたのは、あの鹿からの
プレゼントかもしれない。
そう思ってしまう所もあってか、心臓がいつも以上にドキドキしていて。
お酒でも飲まなければ先輩と上手く話せないかもしれない。

「わかりました。焼酎しかないですけど、いいですか?」
「それでいいよ・・・結構、広いね。部屋」

そう言って先輩はぐるっと部屋を見渡した。

「家にいるのが好きなので、広い方がいいなって」

そう言いながら普段はあまり飲まない焼酎のボトルとグラスをふたつ、
取り出してテーブルの上に置いた。
先輩が焼酎をグラスに注いでくれている間、僕はどこに座ろうかと悩む。
ひとつしかないソファは大きいものでは無い上に、先輩が今そのど真ん中に座っている
ものだから・・・隅に座るにしたって、どう考えても近過ぎる。

仕方無く床に座ろうかと思ったら、先輩がほんの少しだけ隅に寄って。
にっこり僕に微笑んだ。

「陣取っちゃってごめんね」

と、ここに座れと言わんばかりの表情だ。

いくら寄ってくれたとはいえ・・・それでも、近い。でも断る言葉も出て来なくて、
僕は結局、何も言えずに先輩の隣に座る事にした。

先輩がいれてくれた焼酎を飲みかければ、あぁ待って。と制止された。
なんだろうと先輩を見れば、目尻を思い切り下げてメリークリスマスだなんて
言うものだから・・・僕はまた見とれてしまって、顔が赤くなってはないだろうかと
思いながら、メリークリスマス・・・と呟くように答えて、乾杯をした。

他愛のない話をしながら、何杯目か分からない焼酎をグラスに注いだ。
相変わらず先輩、お酒強いなぁ・・・。
あ・・・そうだ。鹿!
あの鹿と入れ替わるように家に来た先輩なら、何か知っているかもしれない。

「先輩が来る前、家に鹿が来たんですよ」
「鹿?」
「ええ。黒い鹿と、白い鹿・・・見かけませんでしたか?いきなり来て、
 しかも喋ったんですよ。でも、一方的に喋った後消えてしまって・・・」
「ふうん・・・。何て言ってたの?」
「それがですね。僕にも何だったのか、全然わからないのですが・・・」

と、僕は鹿とのやり取りを先輩に話した。
本当にあれは何だったんだろう?

その話を聞いた先輩は、でも別に驚くでもなく。

「珍しいね」
「・・・?何がですか」
「お前が自分のこと褒めるようなこと言うなんて、珍しいなって思ったの」
「それは・・・僕の大事なものを持って行くって言われたんで、そう答えたんです」
「へぇ・・・。お前の、大事なものって?」

と、探るような目で言われたら心の中を覗かれているようでドキドキしてしまう。

「物じゃなくて、人なんですけどね・・・まぁもっとも、その人は僕の事なんて
 そんな風には見てくれてないんですけど」

後輩として可愛がって貰っているとは思う、すごく。
でもそれは後輩だからであって・・・恋愛対象なんかじゃないんだ。

「・・・片想いって事?」
「まあ、そんな所です・・・でも、伝える事はないと思います」

と答えて、苦笑いをする。
全く・・・本人に向かって、僕は何を言っているんだろう。
伝えるつもりなんて無いのに、やっぱり胸がチクリと傷む。

「どうして?」

そりゃ、どうしてって聞かれるよな・・・。困った。
話題を変えたいんだけど、先輩はきっと僕の恋の相談でも乗ってくれるつもりなんだろう。
こんな真剣な顔で聞かれたら、はぐらかす訳にもいかなかった。

「・・・今のままでいられたら、いいんです。顔が見られるだけでいいなって。
 その人が無事なら、僕はそれで満足なんですよ」

って、いつも言い聞かせてる。でも本当は・・・。

「・・・妬けるね」
「え?・・・」

思ってもみなかった耳を疑うような言葉が聞こえてきて、
顔をあげれば先輩は深い溜め息を吐いて真っ直ぐに僕の事を見る。

「お前にそこまで想ってもらえる相手が、羨ましいよ」
「先輩・・・?」

僕を見る目がいつもよりも熱っぽくて、今さっき先輩が言った通り
嫉妬の色が見え隠れしてて。訳が分からずに、でも目を逸らせずに見入っていたら。

「・・・っ?!」

突然・・・じゃなかったのかもしれないけれど、
色々と理解できない事が多すぎて気付けなかったんだと思う。
気が付けば先輩の指先が僕の頬に触れて、次の瞬間には唇を塞がれていた。







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