sweet addict (バレンタインのお話)














待機所に戻ってくると、何やら皆浮き足立っているような
そわそわした、いつもと違う雰囲気がした。

今日はバレンタイン。
僕の想い人のカカシ先輩も、きっと沢山のチョコレートを
貰ったりするだろうから、どさくさに紛れて僕も先輩に渡
そうかと準備をしていた。

最近は義理チョコなんて、都合のいいものもあるから
そんな理由でも付けて渡せたらなぁと思っていたんだけど
男同士でそんな事するのも、かなり不自然だという事に
今になって気付いて、やっぱり渡さないほうがいいかなって
思ったりして。好きだって言うつもりなんて、全く無いし。
先輩とは結構仲が良いほうだと思うから、今のままで充分だ。

しばらく待機所の隅で先輩が帰って来るのを待った。
だけど、もう帰ってきてもいい頃なのに、一向に帰って来る
様子は無かった。
きっと、女の子にでも掴まってるのかもしれないって考えると
溜め息ばかり吐いてしまう。

うん、もうやっぱり帰ろう。
時間だってもう遅いし・・・。

そう思って溜め息を吐いた時、ちょうど先輩が入り口から
帰ってきた所だった。案の定、両手に沢山のチョコらしき
ものを手に持っていた。

「あれ?テンゾウ、まだいたの」

そう言って、先輩は面を外してにっこりと笑った。
まさか、待ってただなんて言える訳もなかった。

「それ、全部チョコレートですか?すごいですね」
「そうなんだよ・・俺、甘いもの得意じゃないんだけどねぇ。
 どうしよう?これ」

困り果てたような表情をして、肩を落とす。
そんな事言われたら、やっぱり余計に渡せないよ。
僕なんかにもらったって、困るだけだろうし。

「ちゃんと、全部食べないと駄目ですよ。
 気持ちがこもってるんですから」

「・・・人ごとだと思ってるでしょ」
「そんな事無いですよ。羨ましいなぁって思っただけですから」

先輩に堂々とチョコレートを渡せる女の子が羨ましいと思った。

「テンゾウこの後、暇?」
「え?・・・っと、はい。まぁ」
「ちょっと待ってて。報告書出してくるから」
「はい」

何かを思いついたように先輩が言い、行ってしまった。
きっと食事かな?もう遅いし。
まぁでもこの後、先輩と一緒に過ごせるのなら
このチョコを渡せなくてもいいかな、なんて思う。


        *


「お待たせ。じゃ、行こっか」
「はい。今日はどこにしましょうか」

報告を終えた先輩が、僕の隣に来て微笑んだ。
こうやって、近くで笑顔を見せてくれるだけで
僕はいいんだ。それ以上望まないから、密かに想うだけだから。
先輩の傍にいたい。

「ん〜・・・今日は、俺の家来る?」
「先輩の家っ?・・・ですか?」
「嫌だったらいいけど」
「嫌なんかじゃないです・・!」

先輩の家かぁ・・・。嬉しいような、恥ずかしいような気持ちが
こみ上げてきて、自然と顔が綻んでしまう。
もしかして、先輩が食事作ってくれるとか?
どうせだったら僕が作ってあげたいなぁなんて、
口には出せないような事を考えながら、先輩の家へと向かった。


        *


初めての先輩の家。部屋中に先輩の匂いがする。
ちゃんと整理されてる室内だとか、物が少なくて
部屋が思ってたよりも狭い事だとか。
僕の知らない先輩の一面を少しだけ覗けたような気がして、
なんだかすごく嬉しい。

先輩が台所から酒とグラスふたつを持って来て、机に置いた。
そしてベッドの上に無造作に置かれたチョコレートを
開けていく。

「う〜・・・やっぱりこんなに食えそうにない。テンゾウ頑張って」
「・・・はい?」

何か嫌な予感がする。

「全部食べなきゃ駄目なんでしょ?
 でも、俺一人じゃ無理だから・・・って、俺言わなかったっけ?」

聞いてないし・・・!

そんな事、一言も言ってなかったですよ・・先輩。
ちょっと確信犯的なような気もしないでも無いけど、
そんな先輩も僕は好きだと思ってしまうんだから
どうしようもないよな、本当・・・。

「わかりました。でも、先輩がもらったんですから、
 先輩もちゃんと食べて下さいね」
「テンゾウならそう言ってくれると思ってた。ありがと」

ほらやっぱり確信犯・・。

で、予想していた通りというか。
先輩はほんのちょっと食べただけでお酒ばっかり呑んでいる。
一向に減らないチョコレートの山と、
酒とチョコレートという組み合わせに気分が悪くなってしまう。

「・・・先輩、もう無理。食べれないです」

「大丈夫?テンゾウ、なんか顔色悪い」

僕を覗き込む先輩の顔が微かに歪む。

「少し気分が・・・」

「ごめん。あまりにも沢山食べるもんだから、
 甘いもの好きなのかと思って」

いやいや・・・本当は、僕もそんなに得意なほうじゃなくて。
でも手伝うって約束したからには、ちゃんと食べないとって、
少し頑張りすぎたのかもしれない。

「すみません。でも、大丈夫です」

「・・・ゆっくりしてっていいから。明日休みでしょ?」
「はい」

僕は背を預けていたベッドに、上半身だけ体を反らせて
顔を埋めた。ふかふかのベッドは先輩の匂いがした。
そんな事を思ってドキドキしていると、先輩が不意に話しかけてきた。

「ね〜。テンゾウ、誰に貰ったの?それ」

「・・・はい?」

「ずっと後ろにある袋。チョコレートでしょ?」

わっ・・・!僕は反射的に体を起こした。
先輩の視線は、僕の横に置いてあるチョコレートに。
やっぱりバレてたんだ。先輩からは
見えにくい所に置いたつもりだったんだけど・・・。

誰に貰ったの?・・・かぁ。そうだよな。
まさか、渡そうとしてるものだなんて普通は考えないか。

「そうですよ。チョコレートです」

「・・・ふぅん。じゃ、それ俺が食べてあげるよ」

そう言って先輩が僕の膝の上に身を乗り出して、
手を伸ばした。僕は咄嗟にそれを先輩より先に取り上げる。

「えっ・・・!や、これは・・・」

「俺が貰ったやつ、無理に食べさせて気分悪くさせちゃったから
 代わりにそれ、俺が食べてあげる。・・・それとも、大事な人に
 貰ったから食べちゃ駄目・・・だとか?」

「違います・・・!そんなんじゃ・・・。
 それは、貰ったんじゃなくて・・・その・・・」

しどろもどろになってしまう。
上手い嘘を考える余裕も無い。
でも、もともと先輩に渡すつもりだったんだし・・・。

当の本人は目を丸くさせて、僕の言葉に驚いている。
そして、じっと黙ったまま言葉の続きを待っているようだった。
ていうか距離が近くて、目もまともに合わせられない。

「・・・先輩に、渡そうかと・・・」

はぁ・・・言ってしまった。
嫌がられたらどうしようとか、軽蔑されたらどうしようとか、
そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る。

「・・・俺に?」

「・・・義理チョコですよ」

どんな顔して渡したらいいのか分からない僕は、
むっすりした顔のまま先輩にチョコレートを渡した。
先輩は僕の膝の上に顎を乗せて寛いでいる。
これじゃあまるで膝枕をしているようで、落ち着かないんですけど。
先輩の体温を感じて、心臓が飛び出しそうだし
手を少し伸ばせば、すぐに触れられる距離だ。
僕の気持ちを知ってて、ワザとやってるんだろうか。

すると、それを受けとった先輩がおかしそうに笑い出した。
でもそれは、馬鹿にしたような笑い方じゃなくて
ちょっと嬉しそうな、そんな感じの笑い方。

「じゃあ俺が食べてもいいんでしょ?」

「え・・・。あ、はい。・・・」

先輩がチョコレートを開けるのを、僕は恥ずかしい思いを
覚えながらじっと見ていた。

「買うの恥ずかしくなかった?」

そりゃ恥ずかしかったに決まってますよ・・・とか、
ぽつりと呟くと、先輩がチョコレートをぱくりと口に運んだ。
先輩の為に選んだのは、二粒だけの小さいチョコレート。

「ん〜・・・甘い」
「ごめんなさい・・・無理して食べなくてもいいんで」

なんか、渡しちゃって良かったんだろうか。
僕に気を使ってくれてるとか、ないんだろうか・・・。

「でも、もっと甘くてもいいかも」
「え?甘いの嫌いなんじゃ・・・」

先輩の言葉に首を傾げていると、下から二本の腕が伸びて来て
僕の首を絡めとり、引き寄せられた。
驚いている僕にはお構い無しに、そのきれいな唇が
僕の唇と重なり合わさった。

目を見開いたままで、
驚き固まってしまっている僕の唇を何度か啄まれると
そこからまるで電流が流れ込んでくるかのような
甘い痺れるような感覚を体中で感じる。

ゆっくりと唇が離れて、僕の顔を見た先輩が優しく微笑んだ。
あぁ・・。きっと僕、全身真っ赤になってると思う。

「バレンタインにプレゼントくれるなら、
 これくらい甘いやつじゃないとね」

嬉しそうに先輩がそう言って、体を起こして僕の隣に戻った。

「・・・甘過ぎますよ」

恥ずかしすぎて僕が視線を逸らしてそう言うと、
今度は頬を両手で包まれて額同士をくっつける。

「そう?俺はもっと甘くてもいいんだけど」

そうしてもう一度、唇が重ねられた。
先輩の言った通り、さっきよりももっと甘くて濃厚なキスだった。
チョコレートなんかよりずっと、中毒性がありそうだなと、
心地いい痺れを感じながらぼんやりと考えた。